はじめに書いておきたいのは、人生の目的は、自分自身が、生まれてくる前に決めたことだ、ということ。決して、だれか(神様とか)が、無理におしつけてくるものではないです。だから、人生の目的を知ることを、恐れる必要は、全くないです。自分にできないようなことを、目的として設定しているはずがないですから。

次に知っておきたいのは、目的は、目標とか、その目標に達するための手段とかとは違う、ということ。だから、目的は、かなり抽象的です。

たとえば、目的が、本当の意味での「寛容」を身につける、ということだったとします。この目的を達成するための手段は、いろいろありうるわけです。社会的差別を是正するための運動に参加するのも、ひとつの手段です。参加の仕方も、ジャーナリストとして参加してもいいし、弁護士としてでも、あるいは、もっと草の根的なボランティアとしてでも、いいわけです。そして、手段を選ぶと、マイルストーンとしての目標も決まってきます。

でも、寛容について深く理解し、身につけるのは、他の方法でもできます。ごく普通の生活の中で、人とのかかわり合いの中で、身につけていくこともできるのです。(というより、むしろこの方が、本当に深くてかつ、実践的な理解ができるような気もします)

「アフリカの飢えた子どもたちを救う」とか「音楽家として人々に楽しんでもらう」とかいう、具体的なことは、本当の意味での、人生の目的ではありません。そういう活動をとおして実現している資質が、目的です。(人生の目標設定に関しては、リンク先の記事をご覧ください)

だから、人生の目的(サンスクリット語でいうダルマ)は、深いところでは、もう自分でわかっていることです。 言葉としてはっきり意識してはこなかったかもしれないけれど、例えば、わたしのアカシックレコードリーディングなどで、いわれてみれば「あー、そう、納得」というかんじで受け入れられること。「え?それがわたしの目的だとしたら、これまでのわたしの人生って、何?」と、戸惑う人は、まずいないです。

例外は、

  1. 人生の目的を、会社の経営理念みたいなものだと思い込んでいる場合。何でもですが、思い込みがあると、本当のところが見えなくなってしまいます。
  2. そもそも、生まれてくる前に、目的を設定していない場合
  3. その他の例外的な場合。

これらを、次回で説明します。

あ、それと、自分の人生の目的を知るために、リーディングが必要、というわけではないですよ。というより、そんな、人に訊かなくても、落ち着いて人生を振り返ってみれば、わかるんじゃないでしょうか。くり返しになりますが、もともとは、自分で決めたことなんですから。

私のアカシックレコードリーディングについては、ホームページをご覧ください。

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