私たちは、二つのレベル、というか、性質の違う二つの世界に、存在しています。ひとつは現象界、つまり、ふつうに「現実」として認知されているもの。もうひとつは、現象として現れる以前のエネルギーの状態で、これを実在界とか実相とか真相とかいう人もいるようですが、私としては、用語はできるだけシンプルにして既成の宗教との混乱を避けたいので、エネルギーの世界、と呼んでいます。

現象界とエネルギーの世界は、別々のものではありません。同じものが、見方によって違って見えるのです。

たとえて言うと、電光掲示板のようなものです。大きな電光掲示板には、すごくたくさんの電球がありますよね。現象というのは、この電光掲示板の上で光っている電球だけを見て、ある画像だ、と認識することです。でも、今点灯していない電球も存在しないわけではないです。エネルギーの世界、というのは、この今は点灯していない、だからちょっと離れると見えない電球まで含めて、電光掲示板全体のことを言っているわけです。

今光っていない電球も、エネルギーの流れをかえてやると、点灯します。そうなると、全体として見える画像もかわるわけです。

だから、現象界とエネルギーの世界は、結局は同じもので、どちらが大切とか立派とかいうものではありません。ただ、エネルギーの世界がある、ということを知っていないと、現象の変化に翻弄されて、とっても疲れるでしょう

エネルギーの流れをかえるのは、あなたにもできます。引き寄せの法則は、そのひとつの方法です。引き寄せがきいてびっくりするのは、電光掲示板の画像がかわってびっくりするようなものです。仕組みがわかっていれば、そんなに驚くことではないです。

このエネルギーの世界、っていうのは、つまりは真我、大いなる存在、宇宙のひとつの生命、のことです。神、っていういいかたもありますね。

現象という見方をすると、私たち一人一人には、個としての肉体があり、その肉体を動かすエネルギー体であるがあるわけです。現象以前、現象として見えるものを超えたエネルギー全体として存在するのは、たったひとつの生命だけです。

じゃあ、天上界って何?という質問には。天上界を、なにかとんでもなくすばらしいもののように思っている人もあるようですが(「天上」っていうくらいですから)、実は、天上界も現象界の一部です。この世もあの世も、個としての意識のある世界は、すべて現象界です。あるいは、天上界を除いた現象界を、狭義の現象界、と呼ぶのでしょう。

現象界は意味があって存在しています。大いなる存在の分霊である魂が自分を表現し、いろいろな経験をすることで、自分についての理解をするためです。このため、現象界を、「表現のフィールド」とか「経験の場」とかと呼ぶこともあります。

この二つの世界の考え方は、古今東西いろいろな賢者がいっています。次回は、その例のひとつ、老子です。そう、この考え方は最近誰かが思いついたような底の浅いものではないんです。

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