10 25 2010 by Akemi
魂とは
これまで、「アカシックレコードとは魂の記録である」として、じゃあ、「魂って何?」という根本的な説明は抜かしてきましたよね。今回はその話です。日本語では、「心」という言葉と混同される場合も多いですし。
目に見えないものの話のせいでしょうか、このへんに定義付けはかなり混乱しています。「体と心」「心身」「肉体と精神」というように、ふつうは、私たちの中でからだでないもの、ものごとを考えたり感じたりする機能を持つものは、心とか精神といっているようです。一方、日本で魂の話をするのは、お盆とかお葬式のときくらいでしょうか。死んだ後も残るものが魂、という見方をするようです。
死んだ後残るのが魂なら、生きている間、魂はどこにあって何をしているのでしょうか。
狭義の「 心」というのは、頭脳というからだの部分によって行われる思考活動のことです。からだの一部に頼って存在するものですから、からだが死ぬときは、この狭義の 心 も終わりを迎えます。英語では、これをマインドといっています。
これに対して、広義の「 心」は、魂を含みます。魂とは、一回ごとの転生を超えて存在する私たちのエッセンスです。魂の性質とあり方は思考に大きく影響するので、そこまで含めて広義の「 心」という見方が成り立つのです。
胎内記憶って、聞いたことありますか?これには、頭脳の記憶だけでなく、魂の記憶も含まれています。生まれるときのことや母胎のことは、頭脳が覚えているかもしれませんが、からだが形成される前、お空にいた頃のことや過去生のことは、当然、頭脳による記憶ではありません。魂が覚えているのです。
私たちは、本質的には、魂です。今回の人生が終わったら、しばらく向こうに行って休養し、そのうちにまた転生する気になって、自分が生まれてくる環境を選び、こちらにやってきます。そして、赤ちゃんが生まれて初めての息をする時、からだに入って、人となるのです。
ふだんの私たちは、自分のことをからだと狭義の 心(頭脳)だと思い込んでいますから、自分自身の魂の声に耳を傾けることは、滅多にありません。つまり、エゴとして生きているわけです。でも、自分でその存在に気づいていようといなかろうと、誰にでも魂はあります。なかったら、生きていません。
アカシックレコードを読み解く究極の目的は、自分を魂として自覚することです。このブログで、あれこれ手をかえ品をかえしてお伝えしようとしているのも、そのことです。
自分が魂なのだ、ということが、本当に納得できると、生きるのがすごくラクになります。スピリチュアルなことを、何か大変な修行のようにいうひとがいますが、どこか誤解していると思います。私たちは、一人一人、例外なく、魂として存在しているのが本来の姿で、その本来の姿に気づき、物質界の中で本来のありようにそって生きていく、というのは、楽しいものです。エゴとの矛盾のために苦労することも、時々ありますが、それは変化の過程で、それだって、これまでのエゴとしての人生に比べたら、すっごくラクです。
次回は、これに関連して、もう一つのよくある誤解について。「スピリチュアルなひと」っていい方、聞いたことがあると思いますが、どんなひとのことなんでしょう?