Archive for 10月, 2010

10 29 2010 by Akemi

真我とは

の話と関係して、真我の話です。真我って、英語の True Self の訳でしょうね。ハイアーセルフ (Higher Self)ともいいます。

ふだん私たちが「自分」だと思っている「私」は、そう思っているだけで、本当の自分ではありません。これは、エゴとか自我(self)とかいいます。別にわがままで自分勝手なひとだけの話でなく、「自分って、こうこう」と説明できるような自分、たとえばいつ生まれて、名前はなんといって、こんな性格で、こんな仕事をしてます。。。というのは、全部エゴ/自我の話です。

言い換えると、エゴっていうのは、形としてのアイデンティティです。そして、この形(からだとからだにまつわる属性すべて)の保護保全のために生きています。保護保全のためにいつもしているのは思考です。

真我っていうのは、そういうエゴ以前の自分、形をとる前の自分です。神様の分霊としての自分、といってもいいかな。厳密にいうと、真我と魂は違うのですが、とりあえずは同じとしておいて大丈夫です。

ここでいう神様っていうのは、お賽銭の額で加護をかえるような安っぽい神様のことではありません。宇宙の大本のエネルギー源、すべての知恵と愛の源、とでもいったらいいのかな。私たちは、全員、この宇宙の大本のエネルギー源から分かれて生じた生命です。

だから、「真我の開発」っていうのは、まるで意味をなさないです。完璧な神様から生じた完璧な真我の、どこをどう開発しようっていうんですか。そういう無駄な考えを捨てれば、自然に、真我が残ります。

「真我を知れば、すべての問題解決ができる」っていうのも、ちょっと違うんだなー。真我は、この世(現象世界)の問題すべてを超越しています。問題を見つけては悩むのはエゴです。しかも、エゴって、問題を見つけて悩む、っていう一人遊びが大好きです。手持ちの問題がなくて不安になったこと、ありませんか?エゴとして走り回っている限り、今ある問題を解決しても、すぐに別の問題を見つけるだけす。エゴを鎮めれば、問題は消滅(解決でなく)します。

真我が本当にわかる、っていうのは、真我って言葉や概念で説明できない、っていうことがわかることです。自分の顔を自分で見ることができないように(鏡は顔の反射像、写真は自分の外のある視点から見た顔の像に過ぎません)、自分の真我を観察して描写することはできません。ただ、「ある」という感覚だけです。

だからこそ、真我の話は大変なんです。もうここにあるし、いつでもあるんだけれど、「真我を知ろう」と思った瞬間、その探求をするのは真我ではない私、つまり私のエゴになってしまうからです。エゴは永遠に真我を知ることはありません。(真我は、エゴを含めて、すべてを知っていますが。)

そうでなくて、エゴの余分な思考(私たちがしている思考のほとんどすべて)を根気よく捨てていくと、ある時ふっとわかります。

どんな感じかっていうと、たとえば目の前に木があるとして、その木と自分がつながっている感じ。あるいは、自分の人生を振り返って、つらかったことも楽しかったことも含めて、「あーそうか」と妙に納得できてしまう感じ。

でも、その一体感や納得を言葉で説明しようとすると、その瞬間に真我にかわってエゴがしゃしゃり出てきます。だから、真我って、言葉では説明できなくて、体験するしかないんです。

以上、多分、わかったようなわからないような話だなー、と思われたでしょうが。。。そう、しつこいようですが、その「思った」のは、エゴがしている思考です。それを手放すと、真我の体験に一歩近づきます。

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10 25 2010 by Akemi

魂とは

これまで、「アカシックレコードとは魂の記録である」として、じゃあ、「魂って何?」という根本的な説明は抜かしてきましたよね。今回はその話です。日本語では、「心」という言葉と混同される場合も多いですし。

目に見えないものの話のせいでしょうか、このへんに定義付けはかなり混乱しています。「体と心」「心身」「肉体と精神」というように、ふつうは、私たちの中でからだでないもの、ものごとを考えたり感じたりする機能を持つものは、心とか精神といっているようです。一方、日本で魂の話をするのは、お盆とかお葬式のときくらいでしょうか。死んだ後も残るものが魂、という見方をするようです。

死んだ後残るのが魂なら、生きている間、魂はどこにあって何をしているのでしょうか。

狭義の「 心」というのは、頭脳というからだの部分によって行われる思考活動のことです。からだの一部に頼って存在するものですから、からだが死ぬときは、この狭義の 心 も終わりを迎えます。英語では、これをマインドといっています。

これに対して、広義の「 心」は、魂を含みます。魂とは、一回ごとの転生を超えて存在する私たちのエッセンスです。魂の性質とあり方は思考に大きく影響するので、そこまで含めて広義の「 心」という見方が成り立つのです。

胎内記憶って、聞いたことありますか?これには、頭脳の記憶だけでなく、魂の記憶も含まれています。生まれるときのことや母胎のことは、頭脳が覚えているかもしれませんが、からだが形成される前、お空にいた頃のことや過去生のことは、当然、頭脳による記憶ではありません。魂が覚えているのです。

私たちは、本質的には、魂です。今回の人生が終わったら、しばらく向こうに行って休養し、そのうちにまた転生する気になって、自分が生まれてくる環境を選び、こちらにやってきます。そして、赤ちゃんが生まれて初めての息をする時、からだに入って、人となるのです。

ふだんの私たちは、自分のことをからだと狭義の 心(頭脳)だと思い込んでいますから、自分自身の魂の声に耳を傾けることは、滅多にありません。つまり、エゴとして生きているわけです。でも、自分でその存在に気づいていようといなかろうと、誰にでも魂はあります。なかったら、生きていません。

アカシックレコードを読み解く究極の目的は、自分を魂として自覚することです。このブログで、あれこれ手をかえ品をかえしてお伝えしようとしているのも、そのことです。

自分が魂なのだ、ということが、本当に納得できると、生きるのがすごくラクになります。スピリチュアルなことを、何か大変な修行のようにいうひとがいますが、どこか誤解していると思います。私たちは、一人一人、例外なく、魂として存在しているのが本来の姿で、その本来の姿に気づき、物質界の中で本来のありようにそって生きていく、というのは、楽しいものです。エゴとの矛盾のために苦労することも、時々ありますが、それは変化の過程で、それだって、これまでのエゴとしての人生に比べたら、すっごくラクです。

次回は、これに関連して、もう一つのよくある誤解について。「スピリチュアルなひと」っていい方、聞いたことがあると思いますが、どんなひとのことなんでしょう?

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10 20 2010 by Akemi

とってもよくわかるチャクラの本

お知らせです。チャクラについての電子書籍を用意しましたので、興味のある方は、こちらのページをご覧ください。

アカシックレコードを読むのが仕事の私が、なぜチャクラの話をするのか?関係あるんです。アカシックレコードは、すべての出来事の記録ですから、チャクラの状況について読むこともできるんです。これまで、英語のサイトの方では、チャクラの分析リーディングを提供してきたのですが、最近アカシックレコードリーディングがとても好評で、他のリーディングにまでなかなか手がまわりません。

でも、チャクラの話はおもしろいし、実用的なので、ぜひ日本の皆様にも、もっとよく知ってほしいなーと思うのです。それで、私がクライアントの方一人ずつのリーディングをするのでなく、読者の方が自己診断して、しかもふだんの生活の中で弱いチャクラを改善していく方法を身につけてもらえたら、と思って書いたのが、この本です。

アカシックレコードの語源である「アカシャ」の思想も、チャクラ理論も、古代インドで発達したものです。アカシャについて知っているという点からしても、私の本は他とはひと味違うと思います。さらに、この本には、これまで私がチャクラ分析リーディングをして得た経験と洞察、私が自分の生活の中で試して効果のあった改善法などを盛り込んでいます。

題名の「チャクラ:天と地のエネルギーが生命を育むシステム」には、私のチャクラ観がこめられています。からだの中心線にそってある七つのチャクラは全体で有機的なシステムを構成しています。天のエネルギーは頭頂の第七チャクラから、大地のエネルギーは足を通って第一チャクラから入ってきて、ナディというエネルギーの流れる道を通り、各チャクラに運ばれ、全体として私たちの生命活動を支え、育んでいます。精妙で無駄のないシステムです。

ですから、ストレスや不自然な生活習慣、考え方のヘンな癖などで狂ってしまったチャクラのバランスを整え、全体のエネルギーの流れを良くすることは、私たち本来のあるべき姿に還っていくことです。また、チャクラは心身の発達する過程も表しています。

この本を執筆する準備として、日本語でどんな情報があるのか、調べてみました。たとえば、ウィキのチャクラに関するページですが、これ、わかりにくいですよね。書いている人があまりよくわかっていなくて、どこかの本から要約しているだけなんだろうなー、という感じです。「猿であったときの尻尾の名残の尾てい骨から発生する蛇を、チャクラを通じて頭から出すのが目的といった見解がある。」― これを読んで、クンダリーニに興味を持つ人っているんでしょうか?

私の本が読みやすくわかりやすいのを実際に見ていただくために、最初の三つの章は無料でダウンロードできるようにしましたので、ぜひこちらからご覧ください。

第1章 チャクラとは
第2章 第一チャクラ:ムラダーラ・チャクラ
第3章 第二チャクラ・スヴァディシュターナ・チャクラ

第二チャクラまでですから、チャクラの話をする際によく問題となる、第一チャクラと第二チャクラの混乱の理由と私の見解(たとえば、お金やセックスは、第一チャクラの管轄なのか、第二チャクラなのか、など)も含まれています。また、チャクラとナディの特別カラー図版もあります。

読んでみておもしろい、最後まで読む価値がある、と思っていただけましたら、購入価格は980円となっております。

チャクラに関してご質問のある方は、ぜひコメントしてください。

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