Archive for the '人生の目的(Dhama ダルマ)' Category

03 24 2012 by Akemi Gaines

自分がわからない魂にとっての人生の目的

こんにちは、ゲインズ・アケミです。前回、人生の目的がない、というか設定する以前のケースについて書きましたが、これ、意外なくらい多いので、もう少し詳しく説明したいと思います。

目的を生まれてくる前に決めていない魂、というのは、つまりは、自分がわかっていない魂です。自分がわかっていないから、目的も設定できないし、していないのです。

なぜわからないのか、というのは、かなり立ち入った話になりますし、人によっていろいろな原因があり得るので、ここでは省きます。それに、それを書いてしまうと、書かれたことを読んで、わかったつもりになってしまうでしょうから、かえってよくないのです。

自分がわかっていない、というのは、何とも居心地の悪い状態です。そのため、こういう魂は、人一倍努力して、メンタルケアのことや人生論を勉強しているのですが、そうやって分析の仕方を習い、理論はいろいろ知っていても、「それで、要するに、自分は何なの?」という単純な質問には、答えられないものです。

また、まわりの人が自分に持っているイメージと、自分自身が自分について持っているイメージにギャップがあって、何を信じたらいいのか、混乱している場合も多いです。

この場合、自分を知ることの妨げになっているさまざまな混乱を収受し、自分について理解し、目標を設定していくのが、人生の目的ともいえます。言葉で書くと、数十語ですが、これを実際にするのは、結構大変です。

なにより、本人の「わたし、自分のことくらいわかっているわ!」という抵抗が大変です。で、先ほども書きましたが、こういう魂は、いろいろ勉強していますから、物知りで、まわりは、これを信じてしまいがちです。

わかっていない、という状況は、これからちゃんと手当して、変えていけるし、決して責めていっているわけではないことを、伝えるといいのでしょうね。

    私のアカシックレコードリーディングについては、ホームページをご覧ください。
    追記:ブログは、最近、更新しておりませんが、リーディングは受け付けております。
PrintFriendlyTwitterGoogle ReaderShare

03 04 2012 by Akemi Gaines

人生の目的がない場合

こんにちは、ゲインズ・アケミです。今日は、前回に続いて、人生の目的のはなしです。

「人生の目的」っていうのも、なんか、スピ系の流行語みたいになっていますが、これ、全員が設定しているわけではありません。「え!目的のない人なんているの?そんないい加減なことでいいの」って思う前に、ちょっと考えてみてください。

以前も書いたように、人生は旅行みたいなものです。旅行にもいろいろありますよね。はっきりとした目的のある旅行もあります。社用の出張みたいに、まず目的があって、そのために旅行する場合。楽しみの旅行の場合でも、「あそこの00を見たい」とか「00さんを訪ねたい」とか、割とはっきりした目的のある場合もあります。

でも、旅行って、そんなのばかりじゃないですよね。とりあえず、ふらっと出かけて、行き先の様子や気分で、いきたいところやしたいことを決める旅行もあります。そういう旅行もあっていいし、それが目的のはっきりした旅行に劣っているとは、思えません。(目的がはっきり言える方が、聞こえはいいでしょうが)

そういう目的のない旅行の、いわばかくれた目的は、自分と世界を経験をとおして知ること、です。それでいいんです。

また、これまでの過去生で、あまりにも傷ついたり、混乱がひどい魂の場合、それを癒す、というのも、大きな意味での目的でしょう。(こちらの世界で受けた傷は、こちらの世界にいる間にしか、癒せません。死んでいる間にいる向こうの世界は、休む場所ではあっても、治すことはできないんです。)

こういう、「自分および世界を知る」とか「癒し」とかは、生まれてくる前に、自分で意識的に決めたことではないので、普通は「人生の目的」には入れないんですが。。。人生の目的がないケースの多くは、こういう場合です。

くり返しになりますが、わたしは、こういう人生が無駄だとは思っていません。むしろ、スピブームで、「人生の目的を見つけなくちゃ!目的があるはずよ!!」って、力み返っている方が、心配です。目的をはっきり決めた旅行にだけ、価値がある、といっているようなもので、それは、あまりにも浅薄な人生観です。今、まだ設定していないのなら、十分に準備期間をとって、これから設定していけばいいのです。

人生の目的がない場合は、他にもあります。たとえば、すでに目的を達成している場合。残りの旅程は、自分の自由にしていいんですよ。すでに達成してしまった目的にしがみついていなくても。

    私のアカシックレコードリーディングについては、ホームページをご覧ください。*ブログの更新は、最近していませんが、リーディングは受け付けております。*
PrintFriendlyTwitterGoogle ReaderShare

02 26 2012 by Akemi Gaines

人生の目的(Dhama ダルマ)

はじめに書いておきたいのは、人生の目的は、自分自身が、生まれてくる前に決めたことだ、ということ。決して、だれか(神様とか)が、無理におしつけてくるものではないです。だから、人生の目的を知ることを、恐れる必要は、全くないです。自分にできないようなことを、目的として設定しているはずがないですから。

次に知っておきたいのは、目的は、目標とか、その目標に達するための手段とかとは違う、ということ。だから、目的は、かなり抽象的です。

たとえば、目的が、本当の意味での「寛容」を身につける、ということだったとします。この目的を達成するための手段は、いろいろありうるわけです。社会的差別を是正するための運動に参加するのも、ひとつの手段です。参加の仕方も、ジャーナリストとして参加してもいいし、弁護士としてでも、あるいは、もっと草の根的なボランティアとしてでも、いいわけです。そして、手段を選ぶと、マイルストーンとしての目標も決まってきます。

でも、寛容について深く理解し、身につけるのは、他の方法でもできます。ごく普通の生活の中で、人とのかかわり合いの中で、身につけていくこともできるのです。(というより、むしろこの方が、本当に深くてかつ、実践的な理解ができるような気もします)

「アフリカの飢えた子どもたちを救う」とか「音楽家として人々に楽しんでもらう」とかいう、具体的なことは、本当の意味での、人生の目的ではありません。そういう活動をとおして実現している資質が、目的です。(人生の目標設定に関しては、リンク先の記事をご覧ください)

だから、人生の目的(サンスクリット語でいうダルマ)は、深いところでは、もう自分でわかっていることです。 言葉としてはっきり意識してはこなかったかもしれないけれど、例えば、わたしのアカシックレコードリーディングなどで、いわれてみれば「あー、そう、納得」というかんじで受け入れられること。「え?それがわたしの目的だとしたら、これまでのわたしの人生って、何?」と、戸惑う人は、まずいないです。

例外は、

  1. 人生の目的を、会社の経営理念みたいなものだと思い込んでいる場合。何でもですが、思い込みがあると、本当のところが見えなくなってしまいます。
  2. そもそも、生まれてくる前に、目的を設定していない場合
  3. その他の例外的な場合。

これらを、次回で説明します。

あ、それと、自分の人生の目的を知るために、リーディングが必要、というわけではないですよ。というより、そんな、人に訊かなくても、落ち着いて人生を振り返ってみれば、わかるんじゃないでしょうか。くり返しになりますが、もともとは、自分で決めたことなんですから。

私のアカシックレコードリーディングについては、ホームページをご覧ください。

PrintFriendlyTwitterGoogle ReaderShare